Wikipediaの運営団体がOpenAI著作権訴訟に意見書|「AIの学習は公正利用、回答に記事を取り込むRAGはライセンス順守」と段階を分けた理由
Wikimedia財団が10月29日、OpenAIの著作権訴訟に「どちらの側にも立たない」意見書を出した
Wikipediaを運営する非営利団体のWikimedia財団は2026年10月29日(米国時間)、OpenAIとMicrosoftに対する著作権訴訟を審理するニューヨーク南部地区連邦地裁へ、意見書(アミカス・ブリーフ)を提出しました。翌30日に財団が発表しています。アミカス・ブリーフは、訴訟の当事者以外の第三者が裁判所へ出す意見書で、今回は表紙に「どちらの当事者も支持しない(In Support of Neither Party)」と書かれています。
訴訟は、The New York Timesが2023年12月にOpenAIとMicrosoftを訴えた事件を含む12件を一つにまとめた「In re: OpenAI, Inc. Copyright Infringement Litigation」です。争点は、新聞記事や書籍をAIモデルの開発に使うことが、著作権者の許可なしに認められる米国法上の例外「フェアユース(公正利用)」にあたるかどうかです。原告側は、記事の取得から学習、回答の生成までのいずれも公正利用にあたらないと主張し、OpenAIとMicrosoftは、公開されているデータでモデルを学習させて使うことは公正利用だと主張しています(財団の法務責任者による解説)。
意見書の特徴は、AIが文章を使う場面を分けた点にあります。モデルを作るための学習は公正利用になりやすい一方、回答のたびに記事を取り出してAIへ渡す仕組み(RAG)は公正利用になりにくく、Wikipediaの文章なら「クリエイティブ・コモンズ 表示-継承(CC BY-SA)」というライセンスの条件を守る必要がある、という主張です。この記事では、提出書類の全文(提出許可の申立て3ページと意見書本体27ページ)を読み、何をどう分けたのか、その理由、Wikipedia側の事情、WikipediaをAIの回答に使う側が今からできることを整理します。
意見書の3つの要点
「AIの利用はすべて公正利用」でも「すべて侵害」でもなく、使い方ごとに判断せよ
Wikimedia財団が裁判所へ求めた3つの立場。いずれも意見書の結論に書かれた主張で、裁判所の判断はこれからです。
1. 自動取得(スクレイピング)
取得そのものは「利用」にあたらない
判断の対象は、取ったあとに何へ使ったか。取り方が利用規約などに反するかは別の問題。
2. モデルを作る学習(事前学習)
公正利用になりやすい
言葉のパターンを取り出す目的は元の記事と違い、学習だけでは記事の代わりにならない。
3. 回答に記事を取り込む(RAG)
公正利用になりにくく、ライセンスの順守が要る
読者に情報を伝えるという元の記事と同じ目的で使い、出典を示さずに写すと、人の訪問を奪う。
訴訟は12件をまとめた「In re OpenAI」として、公正利用の判断を待つ段階にある
意見書を読む前に、訴訟がどこまで進んでいるかを押さえておきます。The New York Timesの提訴のあと、OpenAIに対する同種の訴訟が各地で起こされ、2025年4月に連邦の多地区訴訟委員会(JPML)がこれらをニューヨーク南部地区のSidney Stein判事のもとへ集約する命令を出しました。事件番号は25-md-3143です。
2026年9月には、新聞社と作家の原告側、OpenAIとMicrosoftの被告側の双方が、陪審を経ずに裁判官が法律の判断を下す「略式判決」を申し立てました。10月23日には被告側が反論を提出し、口頭弁論を求めています(訴訟追跡サイトAI Vortexの記録)。
第三者の意見書は、裁判所が8月7日と9月24日の命令で定めた手続きに沿って出されています。Wikimedia財団の意見書は上限6,000語に対して5,831語で、提出許可の申立てとあわせて裁判所へ送られており、受理するかどうかは裁判所が決めます。同じ週には、技術業界団体のConsumer Technology Association(CTA)と図書館団体などの連合が被告側を支持する意見書を、出版社団体が原告側を支持する意見書を出しています。
訴訟の経過(2023年12月〜2026年10月)
2023年12月
The New York TimesがOpenAIとMicrosoftを提訴。記事を学習とサービスに使うことが著作権侵害だと主張。
2025年4月
同種の訴訟をニューヨーク南部地区へ集約(MDL 3143)。担当はSidney Stein判事。Wikimedia財団の発表時点で12件。
2026年9月
原告・被告の双方が略式判決を申立て。学習が公正利用かどうかの判断を裁判官に求める。
2026年10月23日〜30日
被告側が反論を提出し、第三者の意見書が相次ぐ。出版社団体(原告側)、Wikimedia財団(どちらも支持しない)、CTAの連合(被告側)。
これから
裁判所が意見書の受理と略式判決を判断。被告側が口頭弁論を求めている。
出典: 意見書(ECF No. 2361)、JPMLの移送命令(2025年4月3日)、AI Vortexの記録、各団体の発表。
意見書は、AIが文章を使う場面を4段階に分けて別々に判断するよう求めた
意見書が最初に求めたのは、「使い方ごとに分けて判断すること」です。根拠は、2023年の連邦最高裁のWarhol対Goldsmith判決で、同じ複製でも、ある目的では公正利用になり、別の目的ではならない、という考え方です。意見書は、The New York Timesが示した「取得、事前学習、追加学習、回答生成」という4段階の整理に大筋で同意し、それぞれの段階へ別々に公正利用のテストを当てるよう求めています。
先例として挙げたのが、2025年のBartz対Anthropic判決です。この判決は、海賊版の書籍を社内の資料として保管した行為と、そのうちの一部を学習に使った行為を分け、前者は公正利用にあたらず、後者は公正利用にあたると判断しました。意見書は、同じ複製でも段階ごとに判断が分かれた例として、この判決を手本に挙げています。
もう一つの前提が、「スクレイピング(ウェブから自動で複製を取る行為)は、著作権法上の『利用』にあたらない」という主張です。取得は、何かに使う前の準備にすぎず、判断すべきは取ったあとの使い方だ、という理屈です。ただし意見書の脚注は、取り方によってはサイトの利用規約や、DMCA(デジタルミレニアム著作権法)、CFAA(コンピュータ詐欺・濫用防止法)など別の法律に触れることがある、と付け加えています。
AIが文章を使う4つの段階と、意見書の立場
段階の区分はThe New York Timesの整理に意見書が同意したもの。「立場」は意見書がその段階について述べた内容。
段階1
取得(スクレイピング)
ウェブから記事の複製を自動で集める。
立場: 著作権法上の「利用」ではなく、公正利用の判断対象から外す。
段階2
事前学習
大量の文章から言葉の関係を学び、汎用のモデルを作る。
立場: 公正利用になりやすい(ChatGPTの事前学習は公正利用と判断するよう求めた)。
段階3
追加学習(ファインチューニング)
用途に合わせてモデルを調整する。
立場: 段階の一つとして挙げたが、意見書は個別の分析をしていない。
段階4
回答生成(RAG)
質問のたびにウェブや資料から該当箇所を取り出し、AIへ渡して答えさせる。
立場: 公正利用になりにくい。関係するライセンス(Wikipediaなら表示と継承)を守れば侵害にならない。
公正利用を決める4つの要素のうち3つで、意見書は事前学習とRAGを逆に評価した
米国の公正利用は、法律に書かれた4つの要素を総合して判断します。利用の目的と性質(元の作品と違う目的か、商業的か)、元の作品の性質(事実中心か創作か)、使った量と重要性、元の作品の市場への影響、の4つです。意見書は、事前学習とRAGのそれぞれに4要素を当て、どちらへ傾くかを示しました。
下の4枚のカードで見ること
第2要素(元の作品の性質)はどちらも中立。残る3つの要素で、事前学習は公正利用に傾き、RAGは反対に傾く。
1. 目的と性質(元の作品と違う目的か、商業的か)
事前学習(モデルを作る)
公正利用に傾く
記事の目的は「情報を伝える」、学習の目的は「言葉のパターンを取り出す」で違う。
RAG(回答に取り込む)
反対に傾く
質問に答えるために記事の内容を使う目的は、元の記事と同じ。記事が読者に直接届く前に、RAGが受け取ってしまう。
2. 元の作品の性質(事実中心か創作か)
事前学習(モデルを作る)
中立
Wikipediaは事実中心でも、編集者が整理と表現に手をかけた著作物として保護される。
RAG(回答に取り込む)
中立
同じ。事実中心という理由だけで保護の外に置くことはできない。
3. 使った量と重要性
事前学習(モデルを作る)
公正利用に傾く
パターンを学ぶには大量の文章が必要で、全文を使うことに理由がある。
RAG(回答に取り込む)
反対に傾く
使う量は開発者が決めるが、質問に最も関係する重要な部分(意見書は「心臓部」と表現)を切り出してAIへ渡す。
4. 元の作品の市場への影響
事前学習(モデルを作る)
公正利用に傾く
学習そのものは記事の代わりにならず、読者を奪わない。
RAG(回答に取り込む)
反対に傾く
出典を示さずに内容を写すと、元のサイトへの人の訪問が減り、編集や寄付に加わる機会も減る。
出典: Wikimedia財団の意見書 第III節・第IV節。各カードの内容は意見書の主張で、裁判所の判断とは別です。
カードで見ると、意見書が事前学習とRAGを分けた理由は「目的」と「量」と「市場」の3点に集約されます。事前学習については、意見書は2025年のKadrey対Meta判決やAuthors Guild対Google(Googleブックス)判決を引き、文章全体を使うことには学習上の理由があり、学習だけでは元の記事の代わりにならない、と述べています。脚注では、汎用のモデルがのちに侵害的な出力に使われる可能性があるとしても、技術そのものを侵害とはしない、と1984年のSony判決(意見書は引用のみ。家庭用ビデオ録画機の事件)を挙げています。
意見書がRAGを問題にするのは、記事の「要点」を取り出して、出典とライセンス表示なしに回答へ写すから
意見書が説明するRAGの動きは次のとおりです。チャットボットは、質問を受けると、ウェブや手元のデータベースから関連する文章を探し、「チャンク」と呼ばれる断片に分け、最も関係の深い断片を質問と一緒にAIへ渡します。回答には、元の文がそのまま、または似た形で出ることが多い、と意見書は述べています。
第1要素で意見書が重く見たのは、使う目的が元の記事と同じ点です。Wikipediaの記事は「調べている人に、信頼できる情報と文脈を伝える」ために書かれており、RAGはまさにその目的で記事の断片を使います。意見書は、2013年のAP対Meltwater判決(意見書は引用のみ。ニュース記事の抜粋を顧客へ配信していた事業者が公正利用を認められなかった事件)を引き、読者を元のサイトへ戻さずに代わりになる利用は変容的と言えない、としました。商業性についても、「通常の対価」を払わない利用は不利になるとし、その対価には金銭だけでなく、ライセンス条件(表示と継承)を守ることも含まれる、と4つの判例を挙げて述べています。
第3要素では、1985年のHarper & Row判決(意見書は引用のみ。未刊の回顧録から核心部分を引用した雑誌が公正利用を認められなかった事件)を引き、RAGは質問に関係する「心臓部」を切り出してAIへ渡す、と表現しました。第4要素では、出典を示さずに内容を写すチャットボットは、人の訪問を元のサイトから奪い、訪問した人が編集や寄付でWikipediaを支える機会まで減らす、と主張しています。
意見書は、「RAGでも公正利用になりうる条件」も自ら書いています。脚注24は、出典を一貫して示してリンクしようとしているサービスがあり、ChatGPTもその一つだと名指ししたうえで、実際に示してWikipediaのCC BY-SAライセンスに従う限り、そもそも侵害になりにくい、と述べています。自社の資料や許諾を得た資料だけを使うRAGもある、とも書いています。また、記事の要約については、十分に独自の言葉と文体で書かれた要約の多くはそもそも侵害にあたらず、Googleブックスの検索結果の抜粋のように、元の作品を探す手がかりになる要約は公正利用になりうる、と「要約は自動的に不公正だとは扱わないでほしい」と明記しました。
財団の狙いは、RAGの分析を締めくくる段落に出ています。裁判所がRAGにライセンスの順守を求めれば、開発者が回答に出典を埋め込む設計を組み込むことが考えられ、チャットボットがWikipediaの情報を示すときに元の記事へのリンクが付きやすくなる、という見通しです。
背景には、人の訪問が8%減り、ボットの負荷が増えたWikipediaの事情がある
意見書の主張の背景には、この1年半に財団が公表してきた数字があります。2025年10月、財団は人によるWikipediaの閲覧が前年同月と比べて約8%減ったと発表しました。ボットを人と誤認していた分を除いて2025年3〜8月を集計し直した結果で、財団は検索エンジンのAI要約と、若い世代がSNSの動画へ移っていることを要因に挙げています。
一方で、ボットによる負荷は増えています。2025年4月の財団のブログは、画像や動画の配信帯域が2024年1月から50%増え、負荷の高いアクセスの65%以上がボットだと報告しました。2026年10月5日には、財団が「OpenAIが運用していると考えられる」AIエージェントがWikidataとWikimedia Commonsへ数百万件の自動リクエストを送り、2026年5月のWikidata検索サービスの部分的な障害に関係した可能性がある、と発表しています。OpenAIはロイターの取材に、財団と協力して活動を分析しており、作業が進めば関連する情報を共有していくと答えています。
Wikipedia側の数字
人の訪問は減り、機械の負荷は増えている。意見書が「人の訪問を奪う」利用を問題にする背景。
人による閲覧
−8%
2025年3〜8月、前年同月比。ボット分を除いて再集計
負荷の高いアクセス
65%+
がボット。2025年4月時点
画像・動画の配信帯域
+50%
2024年1月から2025年4月まで。主な要因は収集ボット
月に編集するボランティア
約25万人
67M以上の記事、300言語。財団の10月30日の発表
出典: Wikimedia財団のブログ(2025年4月1日、10月17日)と発表(2026年10月30日)。
財団は2025年11月に、AI企業へ出典の表示と、有料の「Wikimedia Enterprise」経由でのアクセスを求める文書を出し、2026年1月にはAmazon、Meta、Microsoft、Mistral AI、PerplexityをEnterpriseのパートナーとして公表しました(Googleは2022年から)。Enterpriseは大量・高頻度のアクセス向けのAPIで、収入は財団の年間収入の30%を上限とし、目的の合う非営利団体やスタートアップには提携で無料提供し、小規模な商用利用者向けの無料枠もあると説明しています。公開APIには大規模な利用者向けのレート制限を設けています。
意見書の中心にあるCC BY-SAは、Wikipediaに文章を書く人が投稿時に同意するライセンスです。BY(表示)は元の作者にクレジットを付けること、SA(継承)は改変したものを同じライセンスで公開することを求めます。財団の法務担当Jacob Rogersは2026年7月のブログで、この2つの条件が「自由な知識の社会契約」の中身だとし、AIツールの多くが作り方を説明せず、出典を示さず、コモンズへ還元しないことで契約が崩れる、と書いています。意見書は、この社会契約を米国の著作権法の枠組みで裁判所に説明したものと言えます。
WikipediaをAIの回答に使うなら、出典リンクとライセンス表示を回答に入れておく
訴訟の判断は米国法の話ですが、Wikipediaの文章を使う条件はライセンスの条文に書かれており、判決を待たずに確かめられます。意見書と財団の発表、Wikipediaの再利用ガイドラインから、使い方ごとに確認する点をまとめました。
WikipediaをAIで使うときの確認
モデルの学習に使う
意見書の立場では、ライセンスの条件なしに使える
財団は学習を公正利用と見ており、クレジットなしの利用は学習に限るよう求める、と発表に書いている。
回答に記事の内容を取り込む(RAG)
元の記事へのリンクとCC BY-SAの表示を回答に付ける
文章を書き換えて使う場合は、同じライセンスで公開する。出典を一貫して示すサービスは侵害になりにくい、と意見書は述べている。
大量に取得する
公開APIの上限内で行うか、Enterprise APIを使う
用途が学習でも回答でも、財団は持続可能な取得を求めている。Enterpriseには小規模な商用利用者向けの無料枠があり、目的の合う非営利団体には提携で無料提供している。
出典: 意見書の結論と脚注24、Wikimedia財団の2026年10月30日の発表、Wikimedia Enterpriseの案内。
表示の具体的な方法は、英語版Wikipediaの再利用ガイドラインに書かれています。使った記事へのリンクまたはURLを示す、ライセンスを守った安定した複製へリンクする、著者の一覧を載せる、のいずれかでクレジットを付け、改変した場合はその旨を示してCC BY-SA 4.0以降で公開し、ライセンスの表示とライセンス本文へのリンクを添えます。CC BY-SA 4.0のライセンス概要も、クレジット、ライセンスへのリンク、変更の明示の3点を表示の条件に挙げています。画像はファイルごとにライセンスが違うため、文章とは別に確認します。
利用者の側でできる確認は一つです。AIの回答がWikipediaの内容を元にしているように見えたら、元の記事へのリンクが付いているかを見ます。リンクがあれば元の記事で続きを読み、間違いに気づけば直すこともできます。意見書が守ろうとしているのは、この「回答から元の記事へ戻れる道」です。
裁判所の判断で見る点は、意見書の受理と、学習と回答生成を分けるかどうか
裁判所がまず決めるのは、この意見書を受理するかどうかです。次に略式判決で、学習と回答生成を一つの利用として判断するのか、意見書が求めたように分けて判断するのかが焦点になります。被告側を支持するCTAの連合、原告側を支持する出版社団体、学習を「極めて変容的」とする意見を9月1日に出した米司法省と立場が分かれる中で、Wikimedia財団は「段階で分ける」という第三の立場を持ち込みました。
今回の意見書で気になるのは、判決より先に、開発者が取れる対応をはっきり書いた点です。出典を一貫して示そうとするサービスの例にChatGPTを挙げ、実際に示してライセンスに従う限り侵害になりにくいとした脚注は、RAGを使うサービスの設計指針として読めます。WikipediaをAIの回答に使うなら、裁判所の結論を待つより先に、回答へ元の記事へのリンクとライセンスの表示を入れておくほうが、判決がどちらになっても手戻りがありません。












